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AX推進を"刷り込み"で加速する、マルチレベル理論で組織を上書き
2026.07.20
2026/7/20 11:56
AI・生成AI・AIエージェント
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多くの企業がAIの導入を進める中で、思うように組織全体の変革が進まずに立ち止まってしまうケースが多く見受けられます。新しい技術を導入したにもかかわらず、現場の従業員が以前と同じやり方を続けてしまうという悩みは、規模を問わず多くの企業が抱える課題となっています。
本記事では、最新のテクノロジーを活用した事業変革を意味するAX推進を、組織全体に深く定着させるための具体的な考え方をご紹介していきます。マーキスとティルシク(2013)が提唱したマルチレベル理論に基づく刷り込み効果を活用し、古い価値観を新しい価値観で上書きしていくプロセスについて、専門的な視点から詳しく解説いたします。
- AX推進の壁となる組織の現状
- AI活用が進まない本当の理由
- 既存の業務プロセスが持つ「慣性」
- AX推進とは何かを再定義する
- AI Transformation(AIトランスフォーメーション)
- デジタル化・DXとAIトランスフォーメーションの違い
- マルチレベル理論とは何か
- マルチレベル理論の概要
- AX推進における個人と組織の関係性を捉える視点
- 刷り込み効果で組織にAX推進を上書きする
- AX推進形成期に徹底的に刷り込む
- 過去の刷り込みを剥がし、上書きする
- AX推進に強い組織に上書きする具体策
- トップダウンとボトムアップの融合
- 新しい価値観を定着させる環境構築
- AX推進を加速させるために
- 継続的な学習と改善のサイクル
- 自社に最適なAI活用の形を見つける
- AX・DXについてコチラもおすすめです【関連記事】
AX推進の壁となる組織の現状
まずはじめに、企業内でAI活用がスムーズに進まない背景にある根本的な要因について確認してみましょう。
AI活用が進まない本当の理由
新しいシステムやツールを導入するための予算を確保し、全社的な研修を実施したとしても、日常の業務においてそれらが積極的に活用されない状況は珍しくありません。現場の担当者が新しい技術に対して抵抗感を持っているわけではなく、日々の業務に追われる中で新しい手順を試す精神的な余裕がないことが大きな要因となっています。
AI活用とは、人工知能技術を用いて業務効率を上げたり新しい価値を創造したりすることです。しかし、既存の評価制度や業務フローがAIの利用を前提としていない場合、担当者はあえてリスクを取って新しい方法を試す動機を見出しにくくなってしまいます。
AX推進は経営層が期待するような劇的な成果がすぐには表れない場合もあるため、初期段階で導入プロジェクト自体が頓挫してしまうことも少なくありません。現場における小さな失敗を許容し、試行錯誤自体を評価する仕組みが整っていないことが、AIを活用した技術の浸透を阻む大きな壁となっています。
既存の業務プロセスが持つ「慣性」
過去の成功体験に基づいて構築された業務マニュアルや意思決定のルールは、組織を安定させる一方で、新しい技術を受け入れる際の大きな障害となります。特定の手順で成果を出してきた担当者は、その手順を変更することによって品質が低下したりトラブルが発生したりすることを強く懸念します。このような現状維持を好む傾向は、個人の性格の問題ではなく、組織全体で共有されている無意識のルールや文化に根ざしていると言えます。
AIを活用して新しい予測モデルを導入しようとしても、「熟練の担当者の勘や経験の方が信用できる」という理由でシステムの出力結果が無視されてしまう事態もよく起こります。新しいツールを導入するだけでは、この長年にわたって蓄積された業務プロセスの慣性を打ち破ることは難しく、組織の根底にある価値観そのものに働きかけるアプローチが必要となってきます。
AX推進とは何かを再定義する
本題のマルチレベル理論に入る前に、AXという言葉の意味について改めて確認しておきましょう。
AI Transformation(AIトランスフォーメーション)
AXとは、AI Transformation(AIトランスフォーメーション)の略称であり、人工知能技術を中核に据えて事業モデルや組織構造そのものを根本から変革していく取り組みのことです。
一部の定型業務を自動化してコストを削減するだけの取り組みは、業務改善の枠を出るものではなく、真の意味での事業変革とは呼べません。AX推進においては、データに基づく意思決定を組織のあらゆる階層に浸透させ、提供するサービスや商品の価値を新しい次元へと引き上げることが目標となります。
たとえば、顧客からの問い合わせに対してAIが過去の対応履歴を分析し、最適な回答候補を瞬時に提示することで、サポート業務の質とスピードを同時に向上させるような取り組みが含まれます。AXを実現するためには、技術部門だけでなく、営業や人事、財務などすべての部門がAIの特性を理解し、日常業務に組み込んでいく姿勢が求められます。
デジタル化・DXとAIトランスフォーメーションの違い
次は、多くの企業が取り組んでいる一般的なデジタル化やDXと、本記事で取り上げるAXとの間にある違いについて確認していきます。
紙の書類を電子データ化したり、対面での会議をオンライン会議システムに置き換えたりするデジタル化は、あくまで既存の業務を効率よく進めるための手段の置き換えに過ぎません。一方でAXは、AIが自律的に学習し、人間が気付かないようなデータ間の関連性を見つけ出し、未来の予測や最適な解決策を提示する能力を活用して、業務のプロセスそのものを新しく設計し直すことを意味します。デジタル化されたデータが揃っていることはAX推進のための前提条件となりますが、そこから一歩踏み込んでAIの予測能力を事業戦略にどう組み込むかが問われます。
過去の売上データを集計してグラフ化するのがデジタル化であるならば、気象情報やSNSのトレンドなど外部データと売上データを掛け合わせてAIが翌月の需要を高精度に予測し、自動で在庫発注を行う仕組みを作るのがAXだと言えます。このように、人間の判断を支援し、時には人間の代わりに最適な意思決定を下すシステムを構築することが、AX推進のメインとなります。
マルチレベル理論とは何か
さて、AI推進における組織の根深い慣性を打破するための理論的な裏付けとして、今回はマルチレベル理論をご紹介します。
マルチレベル理論の概要
マルチレベル理論とは、マーキスとティルシクが2013年に発表した論文の中で体系化された、個人の経験や組織の文化といった異なる階層の事象が互いに影響を与え合い、持続的な特性を形成していく過程を説明する理論のことです。
この理論の中核となるのが「インプリンティング(刷り込み)」という考え方であり、組織や個人が形成される初期段階において、周囲の環境や出来事が強い影響を与え、それが長期間にわたって行動様式として残り続ける現象を指します。
彼らは、この刷り込みが単一個人の心の中だけで起こるのではなく、個人の集合体であるチーム、そして会社全体、さらには業界全体という複数のレベル(マルチレベル)で連鎖的に発生すると主張しました。
創業期に強いトップダウンで事業を成長させた企業は、その後に規模が拡大して環境が変わっても、トップダウン型の意思決定プロセスが組織のDNAとして深く刷り込まれ、なかなか変わらないという事象がマルチレベル理論で説明できます。
マルチレベル理論を応用することで、新しい技術や価値観を組織に定着させるためには、どの階層に対してどのようなタイミングで働きかけるべきかを論理的に導き出すことが可能となります。
[[筆者|組織文化、と呼ばれる概念がありますが文化は個人のインプリンティングに影響を及ぼし、影響を受けた個人がまた文化に影響を与える・・というサイクル的な関係性が存在しています]]
AX推進における個人と組織の関係性を捉える視点
マルチレベル理論では、組織の文化や制度が個人の行動を制約する一方で、個人の日々の行動の積み重ねが組織の文化を形成し、維持していくという双方向の強い結びつきを前提としています。
新しいメンバーが組織に加わったとき、彼らは既存のメンバーの振る舞いや社内の暗黙のルールを観察し、それに適応することで組織に同化していきます。このプロセスにおいて、既存の古い刷り込みが新しいメンバーへと伝播し、組織全体の慣性がさらに強化されていくことになります。
したがって、組織を変革しようとする場合、個人レベルでの意識改革を促す研修を行うだけでは不十分であり、同時に組織レベルの評価制度や業務フローを変更し、新しい行動を促す環境を整えなければなりません。個人と組織の両方のレベルに対して一貫したメッセージを発信し、行動を変えるための圧力を同時にかけることが、変革を成功させるための重要な条件となります。
[[筆者|個人の意識が変わっても組織構造が変わらなければ慣性で徐々に元のレガシーな思考に戻ります]]
刷り込み効果で組織にAX推進を上書きする
ではここからは、マルチレベル理論の刷り込み効果を、AX推進にどのように活用していくのか、ご紹介していきます。
大きく分けて、
・AX推進形成期における徹底した刷り込み
・過去の刷り込みを除去、上書きする
という2つの側面からアプローチしていきます。
AX推進形成期に徹底的に刷り込む
組織において新しいプロジェクトを立ち上げる際や、新しい部門を設立する際といった、いわゆる「形成期」に存在する環境の特性は、その後の組織の方向性を決定づける非常に強い影響力を持っています。
刷り込み効果とは、特定の短い期間に経験した出来事や与えられた情報が、その後の行動や思考のパターンとして深く定着する心理的・社会的な現象のことです。
AX推進を全社的なプロジェクトとして開始する初期段階において、「すべての意思決定はデータとAIの予測に基づいて行う」という強いルールを設定し、それを例外なく運用することが重要となります。
初期の段階で少しでも例外を認めてしまうと、「AIの予測に反しても、経験豊富な担当者の意見を優先してよい」という誤った刷り込みが行われ、それが後々まで変革の足かせとなってしまいます。プロジェクトの開始直後という敏感な時期に、新しい価値観に基づいた行動を徹底的に反復させ、成功体験を積ませることで、強固な新しい行動様式を組織に定着させることが可能になります。
[[筆者|刷り込みは徹底によって効果的になされるものです。例えば軍隊の訓練を思い浮かべると分かりやすいと思います。短期間で徹底的に軍人とはどうあるべきかを刷り込みます]]
過去の刷り込みを剥がし、上書きする
次に、すでに組織に深く根付いている過去の成功体験という古い刷り込みを、どのようにして取り除いていくのかについてご説明します。
既存の価値観を否定するだけでは現場の強い反発を招くため、新しい手法がこれまでの手法よりも明確に優れていることを、客観的な事実をもって証明し続ける必要があります。
過去の手法で成果を出してきたベテラン社員に対しては、彼らの知見や経験をAIに学習させるプロセスの設計者として巻き込むことで、対立構造を避けることができます。彼らが長年培ってきた暗黙知をデータ化し、AIの予測精度を高めるための重要な要素として扱うことで、彼ら自身の経験が新しい形で活かされるという認識を持ってもらうことができます。
古い刷り込みを新しい刷り込みで上書きするためには、過去を否定するのではなく、過去の遺産を最新の技術で進化させるというストーリーを組織全体で共有することが効果的です。これによって、従業員は過去の成功体験に固執することなく、自分たちの知識が新しい事業変革の土台となっているという誇りを持ちながら、AIの活用に前向きに取り組むようになるでしょう。
AX推進に強い組織に上書きする具体策
トップダウンとボトムアップの融合
マルチレベル理論の知見を活かして、組織全体を新しい価値観で上書きするための具体的な手法の1つとしてトップダウンとボトムアップの融合があります。
組織全体の刷り込みを効率的に行うためには、経営層からの強力なメッセージ発信によるトップダウンのアプローチと、現場における日々の小さな改善活動によるボトムアップのアプローチを融合させることが必要です。
経営層は、AX推進が会社の将来にとってなぜ不可欠なのか、どのような状態を目指しているのかというビジョンを明確な言葉で何度も繰り返し発信し、組織レベルでの新しい刷り込みを主導します。
一方、各部門の現場においては、身近な業務課題をAIの活用によって解決するという小さな成功体験を数多く創出し、個人レベルでの新しい刷り込みを進めていきます。
経営層が示した大きな方向性と、現場で実感できる具体的な成果が合致したとき、従業員の中で新しい価値観に対する納得感が生まれ、それが自発的な行動の変化へとつながっていきます。トップ層の号令だけで現場が動かない状態や、現場の一部だけでツールが使われて全社に広がらない状態を防ぐためには、この両輪を同時に回し続けることが非常に重要になります。
新しい価値観を定着させる環境構築
新しい行動様式を組織のルールとして定着させるための環境づくりも重要です。
個人の意識変化や一時的なモチベーションの向上に頼るのではなく、AIを活用することが当たり前となるような業務インフラと評価制度を設計することが求められます。
具体的には、日常の業務で利用する社内システムの中にAIによる提案機能を組み込み、担当者が自然とAIの支援を受けながら業務を進められるような仕組みを構築する方法があります。また、人事評価の基準を見直し、AIを活用して業務プロセスを改善したことや、データに基づく新しい施策を提案したことを高く評価する項目を新たに追加するのもよいでしょう。
人間は環境に適応する生き物であり、組織の制度やシステムがAI活用を前提としたものに変われば、自然とそれに合わせた行動を取るようになります。
このように、個人の努力に依存するのではなく、組織の構造そのものを変更することで、マルチレベルでの刷り込みを人為的に引き起こすことができるのです。
AX推進を加速させるために
継続的な学習と改善のサイクル
組織に新しい価値観を刷り込み、AXの土台を築いた後も、その効果を持続させるための取り組みについても確認しましょう。
AI技術の進化のスピードは非常に速く、一度導入したシステムや構築した業務フローが数年後には陳腐化してしまう可能性も十分に考えられます。
そのため、組織を一度上書きして満足するのではなく、常に最新の技術動向を捉え、自社の業務プロセスを継続的に見直し、改善し続けるサイクルを組織の文化として根付かせる必要があります。現場から上がってくるAIシステムの改善要望や、新しい活用アイデアを迅速に吸い上げ、システム開発や運用ルールに反映させるための柔軟な体制を維持することが大切です。
変化を恐れず、常に新しい知識を取り入れて組織をアップデートしていく姿勢そのものを、最も重要な価値観として組織全体に刷り込んでいくことが、持続的な成長を実現するための条件となります。AX推進を起点とした継続的な学習サイクルが機能し始めると、組織は外部環境の変化に対しても高い適応力を発揮し、競争優位性を保ち続けることができるでしょう。
自社に最適なAI活用の形を見つける
最後になりますが、他社の成功事例をそのまま模倣するのではなく、自社の特性に合った独自のAX推進のあり方を模索することの重要性について少し述べたいと思います。
企業が抱える課題や蓄積してきたデータ、従業員のスキルセットはそれぞれ異なり、すべての企業に当てはまる完璧なAI導入の正解というものは存在しません。
他社が導入して話題になっている最新のAIツールを導入することが目的となってしまうと、現場の業務実態と合わずに使われなくなってしまうリスクが高まります。自社のどの業務領域において、どのような意思決定をAIに支援させることが最も事業価値の向上に直結するのかを、経営層と現場が一体となって深く議論し、仮説を立てて検証していくプロセスが不可欠です。
マルチレベル理論が示すように、組織は独自の歴史と経験の積み重ねによって形成されており、その組織に合った技術の導入方法を見つけ出し、自社ならではの刷り込みを行っていくことが成功の秘訣となります。本記事でご紹介した考え方を参考に、組織の根底にある慣性を理解し、新しいテクノロジーの力を最大限に引き出すための組織変革に挑戦していただければ幸いです。
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当記事の執筆者
CIT経営開発事務所 代表
井上 隆寛(いのうえ・たかひろ)
IT・事業コンサルタント
IT・開発エンジニア
行政書士R6合格者未登録
大手システム開発会社にてフルスタックSE兼Webデザイナーとして従事。2021年にコンサルタントとして独立し、企業に対するITコンサルティング・ソリューション導入支援事業を開始。2023年にはイベント企画・運営事業を新たに展開、2024年には行政書士試験に合格。現在はIT・AIコンサルティング、システム開発、エンターテイメントの3事業を柱に、企業の技術顧問や講師としてICT教育やプログラミング授業も手がける。


